アイワナビーユアドッグ

宇宙に行って自撮りがしたい

なにかありましたらお気軽にどうぞ☆



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そして僕は途方に暮れる

ふだんふわふわ脳内垂れ流してますが、とてもいい舞台だったのでたまには真面目に感想を書きます。真面目な文章の書き方もう忘れたよ、、
休憩込みで2時間55分という長丁場と聞いていたので、ストレートプレイを自分がそんなに集中して観られるだろうかと少し不安だったのだけど、まったくの杞憂でした。セットも演出も役者もちゃんとお金をかけて揃えられていて、脚本がとにかく緩急のバランスよくつまづきなく入っていけてしっかりしていた、そのおかげで体感時間は実際の上演時間よりもずっと短かったし、意外にも仕掛けが多くてちょうど座った席の距離的にもどこか映画を観ているのにも近い感覚だった。
藤ヶ谷さん演じる菅原裕一はとにかく自分のない、主体性のない人間で、それは自分から会話のきっかけとなることがないだけでなく、場所を転々とするたびに前回言われたことをそのまま取り込んでしまっている(伸二に怒られたあと先輩の家では日用品を買ってくるようになる、姉に終わってると言われたあと母の前で自分のことをそのまま同じ表現で形容するなど)ことにも表れていて、いままでひたすら流されて生きてきたのだろうなと思わされる。ゆいいつ水曜日のダウンタウンについてだけは一瞬饒舌になるけど、それ以外は才能があったとされている映画についてすら通り一遍のことしか語ることなく、なにを好きなのかなにを嫌いなのかはほとんどみえてくることがない。裕一以外の登場人物はみんな自分の主張や感情をもって生きているだけに、よけいその不気味さがきわだって感じられるけれど、すべては気まずい状況に居合わせたくない、表面上場をなにごともなく過ごしたいという欲求からきているのが伝わるのでなんとも言えない。。というか裕一の存在自体がまるで自分のことを言われているように思えてしまいあとから凹んでいる。
母がもし宗教に入っていなければそこである種のハッピーエンドを迎えられたのでは?とも考えたのだけど、夫に捨てられ2人の子供にも遠く離れた東京に去っていかれ、リウマチで満足に動くこともままならない老齢の女性がなんの精神的な支えもなく生きていくことは難しいし、実際に信仰という絶対的なよりどころがあるからこそなんとか生きていけるという人間も世の中にはたくさんいるので、それをうさんくさいと言ってしまう裕一は他人の感情を慮ることができないというのもまた出ていたし、とにかくあのシーンはついあーーーーーーってなってしまった。。あれがたとえば神様ではなく演歌歌手とかアイドルだったらまた違ったのになと思ったり思わなかったりしつつ。
裕一はただ流されているだけなのだけど、板尾創路演じる父親は純然たるクズでそれを恥じもせず突き抜けているために一種のカタルシスすらあって、舞台上に登場するだけで笑ってしまうシュールさを漂わせているおかげで重さが緩和されるのもよかった。自分より終わってるものをみたおかげで裕一も行動を起こせたのだし。裕一がまわりの人間に許されるのもご都合主義ではないというか、姉や母が裕一を受け入れるのは結局自分の現在の生活と関係のない人間だからなのだし、里美と伸二が裕一を許すのは自分もひとのことを言えないからで、終盤の展開を知ったうえで2幕以降を振り返るとじつに巧妙に伏線が張られていてそれはもはや不気味なほど。(という意味では先輩がいちばん人間として優しいのかもとも思うけど)里美が気持ちが離れていることを告白するシーンは、その語られているタイミング的に裕一がその場しのぎに出ていくことがなければそんなことも起こらなかったという意味では残酷だけど、同時に裕一からしたら非の打ちどころない人間たちであった里美と伸二が自分と対等な存在であると明かされたという点では救いでもある。そういう観点では、たしかにバッドエンドではあるのだけど、感覚的にはそこまで落ち込まずに観ることができたのかもしれない。それにあたしが観たのは昼公演だったので、ラストシーンも視覚的に希望がある感じだったけど、これは夜観たらまたまったく違って感じられる気がする。

藤ヶ谷さんの舞台を観るのは2度目で前回はコルトだったのだけど、そのときはやはりジャニーズの、キスマイの藤ヶ谷さんという部分は本人の意識にかかわらずどうしてもついてまわってしまうのかなと感じてしまうところがあった。そのときもシリアスな作品だったのでなおさら。というのは藤ヶ谷さんのたたずまいとはべつの問題として、どうしても観客の姿勢としてアイドルの藤ヶ谷さんが求められている、無意識に役柄にも投影されて切り離せなくなってしまっていると思う瞬間があった。けれど今回はあきらかにそうではなく、いや観客は変わらずアイドルのキスマイの藤ヶ谷さんを求めているかもしれないが、そこにいるのは菅原裕一であり、ふだんみている藤ヶ谷さんではけっしてなかった。この役柄って演技力も相当求められるだろうけれど、そもそも俺ジャニーズですイケメンなんですというキラキラギラギラオーラを発しているひとにはできない役だと思ったし、またけっしてだれがみても美形というわけではない藤ヶ谷さんだからこそ成立する役柄だとも感じた。たとえばこれが戸塚くんだったらとも考えてみるけど、その場合(本人の美貌や才能への無自覚によりまたべつの悲劇が起こるとしても、)この物語はまず成立しないだろうと思うのだった。そしてふだんの藤ヶ谷さんはまったくこういう人間でもないし、そもそも喋り方ひとつとっても全然違うわけで、藤ヶ谷さんにたいしてそんなに世間的には演技派というイメージもない気がするのだけど、あらためてその役者としてのポテンシャルに舌を巻くのでした。若手俳優ならこの役ができるひとはそれなりにいるのだろうけど、ほんと同世代のジャニーズでってなると藤ヶ谷さんくらいなんじゃないかなと。

オーチャードもしかりBunkamuraって個人的にハイソなマダムのイメージが強いけどそれを裏切らない良質な作品でした。おもしろかった、と言ってしまうのは少し違う気がするけど、言うほど陰鬱なわけでもなく、むしろテンポよく進みながらも心の奥に重石を残していくような作品で、とにかく観られてよかった。やっぱり真面目な文章書けなかったのでまたあしたからとつくんらぶろぐに戻ります。。